自然派イギリス菓子のダダダックは、ハリーポッターに登場するイギリスの伝統的なお菓子やお料理をご紹介しています
Teatime

びわ湖とハリー・ポッターが一体どういう風にリンクするの?えらく、とんちんかんな題名だなぁ?と思われる方が、たくさんいることでしょう。
ハリー・ポッターは、言うまでもなく、世界中に旋風を巻き起こしたイギリス生まれの文学作品で、ハリー・ポッターのお話の中には、びわ湖など出てくるわけがありません。
ハリーが、びわ湖で魚釣りをしたり、琵琶湖をほおきで横断する場面なんかがあったら、とっても愉快だろうけど、これから先のストーリー展開から見ても、不可能な話でしょう。

Episodo.17 びわ湖とハリー・ポッター

でも、もしびわ湖のほとりに、一人の魔女が住んでいる、という隠しきれない事実があるとすれば?
しかも、その魔女は、ハリー・ポッターの舞台になっているロンドン近郊のサレー州に住んでいたことがあり、ハリー達と同じ時代を過ごしていたというらしい!

そうなのだ、びわ湖のほとりに住む魔女こと、わたくしクラリッジ玲子は、今からおよそ15年前に ハリー達の近くに住んでいた。もちろんその事を知ったのは、ハリー・ポッター第1巻を、日本で5年前に初めて手にした時である。
日本にもハリー・ポッター旋風が巻き起こり、誰もがそうであるように、私もハリー達の生活する魔法の世界に夢中になった。
そして、読んでいる内に、「あ〜、なつかしいな〜、この場所は、よく行ったなぁ〜、このお菓子はイギリスに住んでた時によく食べたなぁ・・・」「あ〜、このお料理もなつかしい・・・」と、思えば思うほど、ある種の欲求不満がたまっていった。

(こんなにイギリスに詳しい私に、できる事はないだろうか?)と、心のどこかで思いながらも考えにたどり着かずに、第4巻「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」を読んでいた時のこと、遂に運命の瞬間がやってきた!
私のとなりで、同じくハリー・ポッターを読んでいた母の一言、「ハリー・ポッターに出てくる料理とかお菓子って、イギリスに行った人じゃないと理解不可能だと思うんだけど、あんたなら全部わかるの?」
それを聞いた次の瞬間に、頭の中のパズルがガチャガチャと動き出し、あっという間に出来上がってしまった!

母の何気ない言葉を耳にした瞬間、「これだ!これしかない!」と、ものすごいアイディアに襲われて、何かに取り憑かれた様に書いたのが、私の初出版本である「ハリーポッターと魔法のご馳走」である。

執筆から出版までに、丸2年かかった。出版社をいくつもまわり、やっとの事で出版社を見つけ、全国の書店で発売される運びとなった。
私の所にも、注文をたくさん頂き、北海道から沖縄までのほぼ全都道府県のみなさんに、この本を読んで頂く事が出来た。買って下さったのは、もちろん、熱狂的なハリー・ポッターファンの方達である。

本を読まれる前から、
「こんな、素敵な本を書いて下さって、ありがとう!」
「この本を読んで、ハリーの世界に遊びに行きます!」
というような、著者としては、この上なくありがたい読者の皆さんからの感想やメールは、発売から1年以上たった今でも頂戴している。

ハリー・ポッターのお話に出てくるお菓子やお料理は、イギリス人なら誰もがよく食べるおなじみの物が多く、この本では、ハリー・ポッターの第1巻から第4巻までに登場するお菓子とお料理を、レシピと共に詳しく紹介している。
私が実際にイギリスで体験した摩訶不思議な出来事もエッセイという形で織り込んでいるので、イギリスに行ったことのない方でも、イギリスの空気にどっぷりと浸ってもらえる事だろう。

本を出版してからは、たびたびマスコミに採り上げられ、ちやほやされるようになったが、3〜4年前までは、スネイプ教授風?のイギリス人を夫に持つただの主婦であった。
両親が堅田で和菓子店を経営しているので、イギリスから帰国した後は店の仕事を手伝ったり、翻訳の仕事をしたり、学生に英語を教えたりしていた。でも、どれも中途半端で自分のやりたい事がわからず、何度も壁にぶちあたり、帰国後の10年は、暗くて辛い思い出しかない。

そんな思いをエッセイにしたり、イギリスで食べたお菓子を研究者のように、黙々と作ったりしている内に、イギリスのお菓子を作ってぜひとも売ってみたい、と思うようになり、両親の店の隅で売り始めたのが、今から約10年前の事である。

まさか、後にこれほど人気が出るとは、思ってもいなかったが、これが魔女のお菓子ブランド【自然派イギリス菓子のダダダック】の始まりであった。 ダダダックというのは、びわ湖に浮かぶ鴨(ダック)をもじった言葉で、実はびわ湖のほとりを散歩している時に思い付いた。


さて、そんなわたくし、自称びわ湖のほとりに住む魔女ことクラリッジ玲子は、生まれも育ちも大津で、両親も、両祖父母も、何代先をさかのぼってもみんな滋賀県出身である。
本を出版してから、たくさんのマスコミに採り上げて頂いたが、あまりにも濃い?滋賀県人なので、記者の方達はみなさん驚かれていた。

私の生家、つまり母の実家は浜大津にあり明治時代から代々続く、大津一の餅屋で、私は、幼少より父をはじめとする職人さん達を見て育った。母方の祖母は、近江八景の一つである浮御堂で有名な堅田から浜大津に嫁いだ人で、初代ミス琵琶湖に選ばれた美人だったそうだ。

父方の一族は、滋賀県北部の出身で、祖父は、琵琶湖に注ぐ永源寺川流域の農業改良事業と、永源寺ダムの建設に携わった人物で、自分の成し遂げた生涯の実績を、論文にまとめ、なんと80才を過ぎてから博士号を獲得した私の敬愛する人である。
祖父が生きていた頃は、まだ私も若く、イギリスかぶれの生意気な娘だったので、祖父とのんびりと話した事は少なかったが、イギリスに留学中の私を心配して、忙しいのにもかかわらず、手紙をよく送ってくれた思い出がある。
また、叔父の一人は、長浜市の町作りの為に商工会議所の指導員として活躍し、今も日本全国を、講演に飛び回っている。

幼少から他の子供とは一風変わった子供だった私だが、初めてイギリスという国に興味を持ったのは、中学生の頃である。
友人の影響で、イギリスの音楽や文化に惹かれたことがきっかけだった。そして、イギリスという国にぜひとも行っていたい!と初めて思ったのが、高校1年生の時である。
イギリスへ行くには、英語が話せなくてはならないので、両親に頼み込んで、当時ではまだ珍しい英会話スクールに週に一度、通わせてもらっていた。もちろん家でも、日夜英語の勉強に励んだので、高校2年生になる頃には、外国人の先生とぺらぺらと英語が話せるほどになっていた。

そんな私を頼もしく思い、両親が高校2年生の夏休みに、イギリスへ3週間、ホームスティに行かせてくれた。
イギリスという国の持つ、独特のミステリアスな空気、どんよりとした曇り空、そして、ユーモアたっぷりの国民性、伝統はとても大切にされいるが、それを破壊しようとする若者達の過激なファッションに音楽、何でもござれの自由な国、「不思議大国イギリス」に、私は磁石が吸い付くように、惹かれていった。

そして、高校を卒業してからも、イギリスへの思いは尽きることはなく、心配する両親をよそに、一人で渡英した。
大好きなロンドンの郊外へ、半年の約束で留学したが、たくさんの友人ができ、アルバイトで学費を稼ぎながら、結局約3年もロンドンにとどまる事になった。その時、知り合ったイギリス人が、現在の私の夫である。

もちろん、イギリス人である夫が、初出版本「ハリーポッターと魔法のご馳走」を、書くにあたって、大きな支えになってくれていたことは確かだが、最近よく思うことがある。
「もし、私が琵琶湖のほとりに住んでいなかったなら、この本は書けなかったかもしれない・・・」と。

私が仕事をする部屋からは、少しではあるが、琵琶湖の幽玄なる水面を眺める事が出来る。
左手には、堅田大宮とも呼ばれる、創立1200年の伊豆神社がただならぬ霊気を漂わせて佇んでいる。大した霊感を持たない私でも、この神社からの霊気は、肌に日夜感じる事が出来る。
そして、ここは、ハリー・ポッターと琵琶湖のほとりに住む魔女?が、出会った魔界チック!?な場所でもある。

もし、悩みや迷いにぶつかる事があったら、ぜひ琵琶湖に話しかけてほしい。
そして、一度思い立ったなら、あきらめずに、前進してほしい。
美しく偉大なる琵琶湖は、いつでも悩みを聞いてくれるだろう!そして、答えへと導いてくれるはずである!

◆歴史あふれる大津・堅田へぜひお越しください。→大津・堅田のみどころ


今回のエッセイは、滋賀の聖泉大学内にあり、びわこを愛する人達で構成されている「びわこサポーターズクラブ」が発行している『びわこPRESS 第2号』に掲載されたものをご紹介しています。